今日の弁当に関連する情報をタイムリーに配信
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「松林とサツマイモの寒村」から「世界の東海」へと変身を遂げた東海村で、農業からの転職の道を選ばず、60年前から干しイモを作り続ける家がある。農業と干しイモの製造、販売を行う照沼勝一商店社長、照沼勝浩さん(49)だ。相次ぐ風評被害に打ち勝とうと、内戦からの復興を進めるアフリカ中央部のルワンダで現地法人開設に乗り出す。
200年続く旧家の20代目。家を継ぐことは父勝一さんが決めた。村内では戦後、原子力関連施設が次々と誘致され、畑を売ってサラリーマンになる農家が続出した。しかし、照沼家は先祖代々の土地を手放すことはなかった。
97年の動燃東海再処理施設での火災・爆発事故、99年の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故、そして昨年の東京電力福島第1原発の事故。3度目の風評被害が干しイモ産地を襲っている。
JCO事故では、放射性物質による汚染はなかったにもかかわらず、「東海村」の産品は、返品やたたき売りにあった。会社の干しイモの売り上げは一時、前年の2~3割に落ち込み、通常に戻るまで5年かかったという。
そんな中で照沼さんは「風評被害に負けない最高の価値を持つ干しイモを作る」と誓うと同時に「自分たちが扱っている農産物は本当に安全なのか」と問い直した。安全性やおいしさ、健康のための栄養価を科学的に実証できるよう、生産者有志や分析機器メーカー、大学の研究者と連携。土壌や水、作物体を分析し、根拠に基づく生産方法に取り組んだ。また、農薬や化学肥料の使用をやめ、「健康な土」の回復に挑戦。「自然栽培」のサツマイモで作った干しイモは健康食品並みの機能性を持つという。
福島第1原発事故後、干しイモの売り上げは全体的に3割程度、下がったという。しかし照沼さんは、時間が事故を風化させるのを待つのではなく、放射性物質検査の結果を積極的に公表し、干しイモの栄養価を研究し、海外事業に挑戦することで立ち向かう。
08年から2年間、ルワンダで青年海外協力隊員として村落開発活動をした野口武志さん(28)が昨年9月に入社したのがきっかけで、「アフリカ開発部」を新設。野口さんが今春にも現地に渡り、試作品の作製や工場候補地の調査を始める予定だ。東海村は全国でも有数の干しイモ生産地。太平洋岸を吹く冬の風が乾燥に適しているといい、高地で乾いた冷風が吹くルワンダでの事業化も勝算が見込まれるとしている。
村上達也村長が「脱原発」を公言し、東海村が注目されることで、照沼さんは「東海村の農作物は危ないというイメージが固定する」との危惧を抱く。それでも「原発はいきなり、なくすことはできない」と語り、生まれ育った地が原子力発祥の地であることを受け入れ、なお闘う姿勢を見せる。「干しイモはおいしくて、体に良くて、世界を救う。みんながそう考えるようになれば、無知と偏見から来る悪いイメージを塗り替えることができる」【山崎明子】=つづく
1月8日朝刊
(この記事は茨城(毎日新聞)から引用させて頂きました)
集客
200年続く旧家の20代目。家を継ぐことは父勝一さんが決めた。村内では戦後、原子力関連施設が次々と誘致され、畑を売ってサラリーマンになる農家が続出した。しかし、照沼家は先祖代々の土地を手放すことはなかった。
97年の動燃東海再処理施設での火災・爆発事故、99年の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故、そして昨年の東京電力福島第1原発の事故。3度目の風評被害が干しイモ産地を襲っている。
JCO事故では、放射性物質による汚染はなかったにもかかわらず、「東海村」の産品は、返品やたたき売りにあった。会社の干しイモの売り上げは一時、前年の2~3割に落ち込み、通常に戻るまで5年かかったという。
そんな中で照沼さんは「風評被害に負けない最高の価値を持つ干しイモを作る」と誓うと同時に「自分たちが扱っている農産物は本当に安全なのか」と問い直した。安全性やおいしさ、健康のための栄養価を科学的に実証できるよう、生産者有志や分析機器メーカー、大学の研究者と連携。土壌や水、作物体を分析し、根拠に基づく生産方法に取り組んだ。また、農薬や化学肥料の使用をやめ、「健康な土」の回復に挑戦。「自然栽培」のサツマイモで作った干しイモは健康食品並みの機能性を持つという。
福島第1原発事故後、干しイモの売り上げは全体的に3割程度、下がったという。しかし照沼さんは、時間が事故を風化させるのを待つのではなく、放射性物質検査の結果を積極的に公表し、干しイモの栄養価を研究し、海外事業に挑戦することで立ち向かう。
08年から2年間、ルワンダで青年海外協力隊員として村落開発活動をした野口武志さん(28)が昨年9月に入社したのがきっかけで、「アフリカ開発部」を新設。野口さんが今春にも現地に渡り、試作品の作製や工場候補地の調査を始める予定だ。東海村は全国でも有数の干しイモ生産地。太平洋岸を吹く冬の風が乾燥に適しているといい、高地で乾いた冷風が吹くルワンダでの事業化も勝算が見込まれるとしている。
村上達也村長が「脱原発」を公言し、東海村が注目されることで、照沼さんは「東海村の農作物は危ないというイメージが固定する」との危惧を抱く。それでも「原発はいきなり、なくすことはできない」と語り、生まれ育った地が原子力発祥の地であることを受け入れ、なお闘う姿勢を見せる。「干しイモはおいしくて、体に良くて、世界を救う。みんながそう考えるようになれば、無知と偏見から来る悪いイメージを塗り替えることができる」【山崎明子】=つづく
1月8日朝刊
(この記事は茨城(毎日新聞)から引用させて頂きました)
![]() 【送料無料】 選ばれる転職者のための面接の技術 / 谷所健一郎 【単行本】 |
集客
PR
この記事にコメントする