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DCブランドを手がけるアパレルメーカーから、異業種の玩具メーカーに転職。全く異なる業界に見えて、「出来上がった商品をいかに見せ、売るか」という仕事の根底にあるものは共通していた。玩具メーカーのタカラトミー国内・アジア営業本部グローバル販売計画室営業戦略課課長の加藤ゆかりさん(50)は、27歳で同社に転職した当初、おもちゃが好きで転職したわけではなかった。責任のある仕事をまかされて、成果が上がることで「これが天職」だと思うようになったという。
*** DCブランドの販売員からおもちゃ店のマネジャーに ***
1980年代半ば、ブームだったDCブランドの販売員は、20代前半までの女性たちのあこがれの的だった。加藤さんは販売員を目指し、スタイリストを養成する専門学校で学び、卒業後はアパレルメーカーに就職。晴れて販売員になったが、3年後タカラ(現タカラトミー)に入社した。店頭に立つ時はメーカーの服を着なければならなかった。加藤さんはさまざまなタイプの洋服をコーディネートするのが得意だったので、一つのブランドの服を毎日着なければならない状況から脱したいと思っていた。そんな矢先に、タカラが出す東京・原宿の直営店に、フロアマネジャーとして来てほしいと、知り合いから依頼されたのがきっかけだった。店舗運営部コーディネーターとして、1店舗の売り上げから人事までを管理しており、その実績が評価されたという。「当時、おもちゃにはあまり興味がありませんでしたが、インナーウエアや雑貨の売り場を担当すると聞いていたので、これでスタイリストになれると、あまり深く考えず、転職を決めました」
ところが、業種が全く違うこともあり、仕事の取り組み方の違いに戸惑った。社員の多くは男性。ミーティングで、開発中の商品に対して意見を述べた時、男性社員から「ヒステリーを起こしている」と受け取られたことがあった。「女性が意見を言うだけで、重箱の隅をつついていると捉えられてしまいました」。女性の販売員が多い前職場とは違い、男性組織の中で意見を言う難しさを実感したという。
*** データ揃え、客観的な説明で開発者も営業も納得 ***
男性たちを説得するには、もっと客観的にならなければならない。当時の社長から「感情的な発言をしていると思われないためには、反対意見を言う時に必ず対案を出せ。ヒステリーと勘違いされなくなる」と、アドバイスされた。意見を述べる時には、データを分析した結果など、具体的な数字を盛り込みながら説明することを心がけた。
原宿の直営店には2年ほど勤務した。着せ替え人形の「ジェニー」のマーケティングを経て、1995年9月、マーケティング本部セールスプロモーション課に異動した。ここでは、出来上がった商品を消費者に知ってもらい、購入につなげるための販売促進活動を行うのが主な仕事。テレビ、新聞などを使った広告やパブリシティ、店頭でのキャンペーンなどを積極的に行った。
その中で、商品開発担当者の思いを汲み取った上で、その商品の魅力をいかに営業に伝えるかに腐心した。「かわいい」といった主観的な言葉だけでなく、他社の類似商品と比較して優位な点を提案するなど客観的な説明を心がけるよう、開発者にアドバイスすることもあった。
子ども向けの「水に溶けるマニキュア」を販売した時は、営業の担当者からは「子供が化粧なんてとんでもない」と、否定的な意見が出た。しかし、感情的に言い返さず、商品の安全性やアンケートのデータで説得することで、無事商品化できた。商品に対しての思い入れが強くなりすぎると、アンケートで悪い結果が出ても、素直に受け入れられず、冷静な判断が下せない場合がある。加藤さんはいい意味で、玩具に興味がなかったので、商品を客観的に見ることができたという。「私の役割は開発者と営業をつなぐこと。開発者の熱意を営業に伝えながら、売れない要素などのマイナス要因をオブラートに包むように伝えるなど、緩衝剤のような立場に徹しました」
*** ハンディカラオケを250万台のヒット商品に ***
そして、2000年10月、ある商品が発売された。マイク型の本体に、楽曲入りのカートリッジを差し込み、テレビにつなぐと、曲が演奏され、歌詞も表示される家庭用カラオケ機「e-kara(イーカラ)」だ。持ち運びに便利なハンディタイプのカラオケ機は他社からも発売されていたが、宣伝に、当時注目を集め始めていたアイドルグループ「モーニング娘。」の起用が決まり、「大々的に打ち出せば絶対にヒットする」と思った。展示会の一等地をイーカラの宣伝に割き、セールスをサポートした。店頭でも、社員総出の実演販売を企画するなどの演出を凝らし、流通や消費者の認知を高めることに奔走した。その結果、半年で販売100万台を突破し、累計では250万台を売り上げた。
責任のある仕事をまかされて結果につながると、やりがいが生まれる。ヒット商品を手がけたことで、玩具の仕事が好きになってきた。
*** 「キャパ超え」の仕事も、必死にこなし頼られる存在に ***
中途入社だったこともあり、上司から頼まれた仕事はなるべく引き受けようと心がけた。「自分のキャパシティをオーバーしてでも、必死にこなしていました。いざという時に頼られる存在になることで、周りからの信頼も得られました。仕事で信頼されることが、中途入社の組織に馴染む、一番の近道です」。このほかに仕事で大切にしているのは、社内、社外を問わないコミュニケーション。加藤さんが言うコミュニケーションとは、仕事をする上で必要な情報をお互いに共有し、意思疎通を図っておくことだ。「信頼関係を築いておけば、納期が遅れてもフォローしあったり、トラブルに対処できたりします。プレゼンテーションでも、短い時間に細かく説明をしなくても、稟議を通しやすくなる。仕事を進める上で、人間関係をとても大切にしています」
気がつけばタカラに入社して、20年以上が過ぎた。現在は、営業の基本計画、店頭プロモーションの立案のほか、直営店の新規立上げ、現店舗の運営などを担当している。
ここまで続けられたのは、女性で、転職組でも、早くから責任ある仕事をまかされたことが大きいと振り返る。「一つずつ結果を出していけば、仕事をまかせてもらえるようになり、仕事が面白くなる。少しの困難で、辞めたいとは思わなくなります」
(文・ライター村田くみ)
・人生で一番大切なもの :
健康に過ごす
・仕事史上最大の失敗 :
細かいことは忘れるようにしているので、あまり思い出せません
・働く理由 :
生きる支え
・最近、影響を受けた人 :
俳優ブルース・リーの師匠、イップ・マン。信念を貫く姿に感動した
・最近、影響を受けた本 :
ティエリー・ファリーズ著『銃とジャスミン アウンサンスーチー、7000日の戦い』
・ストレス解消法 :
運動をする
・健康管理術 :
ジムに通う
(この記事は社会(ジョブラボ)から引用させて頂きました)
集客
*** DCブランドの販売員からおもちゃ店のマネジャーに ***
1980年代半ば、ブームだったDCブランドの販売員は、20代前半までの女性たちのあこがれの的だった。加藤さんは販売員を目指し、スタイリストを養成する専門学校で学び、卒業後はアパレルメーカーに就職。晴れて販売員になったが、3年後タカラ(現タカラトミー)に入社した。店頭に立つ時はメーカーの服を着なければならなかった。加藤さんはさまざまなタイプの洋服をコーディネートするのが得意だったので、一つのブランドの服を毎日着なければならない状況から脱したいと思っていた。そんな矢先に、タカラが出す東京・原宿の直営店に、フロアマネジャーとして来てほしいと、知り合いから依頼されたのがきっかけだった。店舗運営部コーディネーターとして、1店舗の売り上げから人事までを管理しており、その実績が評価されたという。「当時、おもちゃにはあまり興味がありませんでしたが、インナーウエアや雑貨の売り場を担当すると聞いていたので、これでスタイリストになれると、あまり深く考えず、転職を決めました」
ところが、業種が全く違うこともあり、仕事の取り組み方の違いに戸惑った。社員の多くは男性。ミーティングで、開発中の商品に対して意見を述べた時、男性社員から「ヒステリーを起こしている」と受け取られたことがあった。「女性が意見を言うだけで、重箱の隅をつついていると捉えられてしまいました」。女性の販売員が多い前職場とは違い、男性組織の中で意見を言う難しさを実感したという。
*** データ揃え、客観的な説明で開発者も営業も納得 ***
男性たちを説得するには、もっと客観的にならなければならない。当時の社長から「感情的な発言をしていると思われないためには、反対意見を言う時に必ず対案を出せ。ヒステリーと勘違いされなくなる」と、アドバイスされた。意見を述べる時には、データを分析した結果など、具体的な数字を盛り込みながら説明することを心がけた。
原宿の直営店には2年ほど勤務した。着せ替え人形の「ジェニー」のマーケティングを経て、1995年9月、マーケティング本部セールスプロモーション課に異動した。ここでは、出来上がった商品を消費者に知ってもらい、購入につなげるための販売促進活動を行うのが主な仕事。テレビ、新聞などを使った広告やパブリシティ、店頭でのキャンペーンなどを積極的に行った。
その中で、商品開発担当者の思いを汲み取った上で、その商品の魅力をいかに営業に伝えるかに腐心した。「かわいい」といった主観的な言葉だけでなく、他社の類似商品と比較して優位な点を提案するなど客観的な説明を心がけるよう、開発者にアドバイスすることもあった。
子ども向けの「水に溶けるマニキュア」を販売した時は、営業の担当者からは「子供が化粧なんてとんでもない」と、否定的な意見が出た。しかし、感情的に言い返さず、商品の安全性やアンケートのデータで説得することで、無事商品化できた。商品に対しての思い入れが強くなりすぎると、アンケートで悪い結果が出ても、素直に受け入れられず、冷静な判断が下せない場合がある。加藤さんはいい意味で、玩具に興味がなかったので、商品を客観的に見ることができたという。「私の役割は開発者と営業をつなぐこと。開発者の熱意を営業に伝えながら、売れない要素などのマイナス要因をオブラートに包むように伝えるなど、緩衝剤のような立場に徹しました」
*** ハンディカラオケを250万台のヒット商品に ***
そして、2000年10月、ある商品が発売された。マイク型の本体に、楽曲入りのカートリッジを差し込み、テレビにつなぐと、曲が演奏され、歌詞も表示される家庭用カラオケ機「e-kara(イーカラ)」だ。持ち運びに便利なハンディタイプのカラオケ機は他社からも発売されていたが、宣伝に、当時注目を集め始めていたアイドルグループ「モーニング娘。」の起用が決まり、「大々的に打ち出せば絶対にヒットする」と思った。展示会の一等地をイーカラの宣伝に割き、セールスをサポートした。店頭でも、社員総出の実演販売を企画するなどの演出を凝らし、流通や消費者の認知を高めることに奔走した。その結果、半年で販売100万台を突破し、累計では250万台を売り上げた。
責任のある仕事をまかされて結果につながると、やりがいが生まれる。ヒット商品を手がけたことで、玩具の仕事が好きになってきた。
*** 「キャパ超え」の仕事も、必死にこなし頼られる存在に ***
中途入社だったこともあり、上司から頼まれた仕事はなるべく引き受けようと心がけた。「自分のキャパシティをオーバーしてでも、必死にこなしていました。いざという時に頼られる存在になることで、周りからの信頼も得られました。仕事で信頼されることが、中途入社の組織に馴染む、一番の近道です」。このほかに仕事で大切にしているのは、社内、社外を問わないコミュニケーション。加藤さんが言うコミュニケーションとは、仕事をする上で必要な情報をお互いに共有し、意思疎通を図っておくことだ。「信頼関係を築いておけば、納期が遅れてもフォローしあったり、トラブルに対処できたりします。プレゼンテーションでも、短い時間に細かく説明をしなくても、稟議を通しやすくなる。仕事を進める上で、人間関係をとても大切にしています」
気がつけばタカラに入社して、20年以上が過ぎた。現在は、営業の基本計画、店頭プロモーションの立案のほか、直営店の新規立上げ、現店舗の運営などを担当している。
ここまで続けられたのは、女性で、転職組でも、早くから責任ある仕事をまかされたことが大きいと振り返る。「一つずつ結果を出していけば、仕事をまかせてもらえるようになり、仕事が面白くなる。少しの困難で、辞めたいとは思わなくなります」
(文・ライター村田くみ)
・人生で一番大切なもの :
健康に過ごす
・仕事史上最大の失敗 :
細かいことは忘れるようにしているので、あまり思い出せません
・働く理由 :
生きる支え
・最近、影響を受けた人 :
俳優ブルース・リーの師匠、イップ・マン。信念を貫く姿に感動した
・最近、影響を受けた本 :
ティエリー・ファリーズ著『銃とジャスミン アウンサンスーチー、7000日の戦い』
・ストレス解消法 :
運動をする
・健康管理術 :
ジムに通う
(この記事は社会(ジョブラボ)から引用させて頂きました)
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